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May 31 天までとどけ(5) 五月たち3人は、貴良が帰郷すと、時を置かずに大阪の浅香という町に移り住みます。
叔母の家も、その家族が生きていくのでやっとだったのと、母方の祖父母が住むこの街でなら、貴良も祖父母に2人を預け、気兼ね無く仕事を探し、働く事が出来るだろうと考えたからです。 1946年10月。 兄弟が大阪に移り住んで1年、貴良も働く場所を得て、下のふたりも地元に新しい友達が出来ました。 3人に、少しづつですが日々の生活の中に笑顔が戻り始めます。 兄弟を見守る祖父母にも、それは喜ばしい日々で、そんな日が何時までも続いて欲しいと願わずにいられませんでした。 「あ、まただ」五月が、その瞳に時折射すまぶしい光に目を細めます。
「どうした、五月?」良太がそれに気付きます。 二人はこの日、友達4人と共に、大和川の河川敷で紙飛行機を飛ばして遊んでいました。 紙と言っても、古い新聞紙を沢山持ち寄って、思い思いに折ったもので、それを川に向かって飛ばして、どこまで飛ぶかを競っていたため、その紙ももう底をつきかけていました。 「ちいにい、さっきからずっと、あそこからまぶしい光がとんでくるの」と、五月が指差します。 そこには病院がありました。 「ああ、久美子やろ」二人に気付いた、良太と同級の男の子が言います。 「良太は知らんかったな、1年位前からあそこに入院しとんねんけど、外に遊びに出られへんから、時々鏡使って外で遊んどる俺ら見とんねん」 「あそこん家の親言うたら、こっち側が部落やから言うて、なっかなか久美子ちゃんの見舞いにも来おへん言うてたで」今度は五月の2つ上の女の子が言います。 「ぶらく?」五月が聞きます。 「何や知らんけど、浅香の人間は怖いんやて、アホな親やろ、久美子ちゃん可哀想やわ」 「俺らが怖いってか?アホとちゃうか」別の男の子が言います。 五月は原爆で失った家を、家族を探したあの日、叔母から部落の事を少し聞かされたように思いました。 ですが、そんな事はすっかり忘れていました。 まさか、その言葉をこんなところで聞く事になるとは夢にも思いませんでした。 浅香は被差別部落でした。
大和川を挟んで、両地区に設置された堤防は、浅香側に低くつくられ、氾濫を起こした際には浅香側にその被害が及ぶようにされていました。 また、区画整理など微塵も考慮されていません。 それは当時の町としてはさほど珍しい事ではありませんでしたが、それでも地区には家々が乱立しており、災害時の消防、救命活動の妨げにもなる程でした。 「ね、行ってみたいな」五月がみんなに提案します。 「ん?」良太が聞きます。 「久美子ちゃんのお見舞い」 「ええっ!」その場のみんなが困惑しました。 「親おったら嫌やで」と男の子が言うと 「じゃさ、看護婦さんに聞いてみてから、それからやったらええんちゃう?」と女の子が返します。 「そやな、それやったら行ってもええかな」と別の男の子。 五月の提案に、皆概ね賛成の様子でした。 May 30 いめぇじ絵本「天までとどけ」に関して今日の予定(5)はお休み。
ていうか、物語を進めるのを少しゆっくり時間をかけて行こうかと思ってます。
古いスケブを取り出すと、ありました、ありました!
設定資料(のようなもの…)が。
そこに書かれていたのは、驚愕の事実!
苗字ちゃうやんっ!「田辺」やのおて「田島」やん。
ま、今更やし、えっか。
あと、特攻出撃の日が違った…
ま、これも、えっかぁ。物語そのものに支障あれへんw
他にも、五月は原爆投下の日、叔母と共に田畑の仕事を手伝っている時、長崎方面の空が赤く染まるのを見る…とか、なんだか細かいところが昔書いたものと違ってたりしましたよ。
ま、えっかぁ、て程度の違いなんですけどねw
家族構成等は、ほぼお聴きした通りなんですけどね、当然苗字なんて変更してますからw
これで昔書いたものと、今書こうとしているものとのページ数が合わない理由が解ってしまいました。
けど、物語そのものは書いたものが見つからないので、これは新作みたいなもんですね。
さ、がんばるぞぉ~♪ May 29 天までとどけ(4) 1945年8月14日。
それは、良太や五月には、納得出来ませんでした。
その3日後、五月が庭でひとり遊んでいると、一人の日本軍の軍服を着た男性が歩いてくるのが見えます。
貴良は、鹿児島の知覧という陸軍の航空基地で、特攻の任に着く予定でした。 その文化は朝鮮が起源!今、日本の文化だと思われているものは、全て朝鮮が起源なんですよっ!
知ってました?
今日は弟と、そんな話しをしていました。
まず、侍。
これは、朝鮮三国時代に、百済の一部兵士が日本にやって来て、開拓して行く内に生まれたんだとか。
その時代って、奈良とか平安時代?侍っつか、豪族が誕生した頃だよね、武士以前の。
いやぁ、すごい新説だね、歴史って都合良く捻じ曲げるとそんな風になるんだぁっていう象徴?
あと切腹。
これも、上記の侍から由来しているらしいんだけど…あのね、切腹って江戸時代に入ってからの武士の間に広まった風習なんだよ?時代がちゃうちゃうw
それまでは自決する場合、頚動脈切ってたの、楽だから。
けど、楽に死ぬのは潔く無いってことで生まれた風習、どこから伝わってきたってもんじゃないやね。
時代劇で江戸時代より前の設定のもので切腹しているのは大嘘。
ちなみに、実際に切腹した人事態も数少ない。苦しいからw
で、剣道。
剣道なんて、ほんま、江戸時代以降のスポーツですやん、あんなんで戦争なんて出来ませんから。
それ以前のは剣術であって、剣道じゃない。
大体、振り切ったりしたら、日本刀なんてすぐボロボロになって、使い物になりゃしねえ、アレは突き切る武器なんですよ、槍に近いです。
そもそも朝鮮で使われていた剣と形状が全く違いますやん。
茶道、華道。
ゆっくりした時間を楽しむ詫び寂びのアレですよね、千利休って朝鮮人だったんだね。
ふぅん。
華道はよく知らないけど、朝鮮なんだ、へぇ~。
これは知らないのでノーコメントw
忍者も?
起源が云々言う以前の問題。
草とからっぱ、忍者なんてもな、それに近しい存在は世界中どこにだって在ったし、どこが起源だなんて、教育するのもバカバカしいよね。
…空手?
うぉいっ!それって起源を辿るなら琉球王国だよ、ホンマに反日教育の一環なのかえ?
極めつけは漫画。
…それ、アメリカだし…
かの手塚治虫氏もアメリカに習って現在の日本漫画の形をつくったんであって、決して朝鮮に習った訳じゃないはずですよね?
タブンそうだったよね?
反日教育も、ここまでやると可哀想に思えます。
ちゃんとした歴史の事実を学べる機会が無いってことですからね、超弱腰政府だけど、その点においてだけは、日本に生まれてよかったぁ~って思えますね。 May 28 天までとどけ(3) 叔母さんに連れられて、工場近くの救護所へ来たとき、五月を呼ぶ声がしました。
「さつきぃ!」と言って、足取りはよたよたと覚束無い様子でしたが、それでも一心に駆け寄って来ます。 それは、顔や腕などを一見して解らないくらい包帯で巻いていましたが、間違いなく良太、ちいにいでした。 「ちいにい、ちいにいだ!」嬉々として叔母さんの袖をつかんだ五月が跳ねます。 「りょうちゃん!よう生きて…」叔母さんが、良太を抱きしめます。 「…おばちゃ…」抱きしめられた良太は、一瞬息を呑み、ぐっと堪えようとします。 ですが… 「じっちゃんも、ばっちゃんも、おとも、おかも…」良太は、堪えていた想いがどっとあふれ出しました。 叔母さんの腕の中で泣きじゃくります。 まるで小さな子どものように、いつまで泣いても涙が乾きません。 良太の話しによると、その日は一度、七時に空襲警報が発令されますが、敵機の音は聞こえず、九時には空襲警報は解除されました。
ですから、その日、良太は学校へは行かず、次の日に予定されていた学童疎開の準備をしていました。 そうして、良太は自宅で皆が死んでいくのを目の当たりにすることになるのです。 家の外で仕事をしていた父が、火達磨になる姿を。 足の悪い祖母と、必死に助け出そうとする祖父とが共に家の下敷きになる様を。 良太を助けようと、良太をはじいた母が、家の柱で身動きが取れなくなり、良太は助けようともがきますが、その内辺り一面火の海になって行く様を… 話しを聞きながら、叔母さんも五月も何も言えずにいました。 「りょうちゃんだけでも助かって良かったね、ほんに良かった」 「姉ちゃんもおっど」重い口を開いた叔母さんに対して、良太が言います。 良太に案内されて、臨時救護所を奥へ奥へと進みます。 一番奥の大きな部屋に着いた時、その雰囲気と異臭に二人は息を呑みます。 そこに、全身を包帯に覆われた姉の姿はありました。 目と鼻、口だけが包帯を巻かれていないのではないかと思える程の姿で。 「こいが姉ちゃんじゃ」良太が、まるで物でも指すように言います。 声に気付いたのか、うっすらと目を開き、三人のほうへ視線を巡らせます。 「さつき、来たんね」それは、とてもか細い声でした。 「ねえちゃ」五月がそれに答えます。 「りょうた」姉は、良太に震える手を伸ばします。 「お兄ちゃんやけ、しっかりせんごとな、さつきを守いなな」 「何言うとか、はよ良うなって、わいがしっかとせな、ふたりば残してどすっと」叔母さんが姉に檄を飛ばそうとしますが、その声は最後涙声になってしまいます。 「おばさん、死にとうない、死に、とう、ない、よ…」姉はそのまま気を失います。 そして、その目は二度と開かれる事はありませんでした。 翌朝、8月12日、姉は帰らぬ人となりました。 NHKBS受信料のお話し。うちとこは昔から引き落としですよ。
ところが、父が亡くなって口座を抹消してから、それが出来なくなっていた。
こちらも、NHKの受信料の事なんて眼中に無かったw
去年年末NHKから、父宛に、なんだか結構な額の請求書がやってくる。
で、暫くすると、集金の方が訪問集金にやって来た。
話しを進める中で、そういう事であれば、その請求書は破棄していただき、新たに契約をしていただくという形で…という事になり、それに応じることとなる。
NHK総合&教育は結構見るんでね、それはそれでいいや、と考え。
で、寒い中集金するのも大変やろってことで、口座引き落としの手続きも一緒に行う。
本日…
このたびはNHK衛星契約へ
ご変更いただき
誠にありがとうございました。
という葉書が…
はぃ?なんのこったい?と早速確認の電話を入れてみる。
「5月5日、衛星放送の受信料集金に伺った際、支払われておられますね、その時、変更手続きもご一緒になされておられます」との回答。
弟だ…
つい先月だか先々月だかに、CATVの会社を変更したため、そこからNHKに対してBS受信の件が流れたのだろうが
「ふざけんな!本人確認くらいせえやっ!大体見もせえへん番組の視聴料まで払う気あれへんど!」と言うと
「見る事の出来る機械があるということですので、ご視聴の有無に関わらず、支払っていただくというかたちに…」
「見れへん言うてんやん!解った、スクランブルかけて見れんようにすればええねんな」
「はい、CATV会社の方で視聴出来ないようにしていただき、再度こちらへお電話いただければ、契約内容の変更が可能です」
「いやや、めんどい、今引き落としにしとるのん集金に変えて、それくらい出来るやろ?」
CATVの会社に電話してスクランブルかけてもらう事は容易いが、なんか腹立ったので、このまま放置して集金に来た時にじっくり話ししてやる。
と心に決める。
大体、何で情報の垂れ流ししているだけの団体にお金支払わなならんねん、公共放送や言うんやったら無料にすべきやないんか?
とも思うが、実際その恩恵を受けていた2つのチャンネルに対する支払いはしっかりと行ってる訳やろ、何で見もせえへん言うてるBSまで取ろうするかが理解不能やわ。
で、さっきBS1、2見てみたら、画面下に
『支払ってはったら、電話してぇー、番号言うてくれたら、この文字消すさかいなぁー』
みたいな文字がでかでかと…これでええやん、何か問題あるんか?
こんなん視聴出来てるって言うんか…?
と、ちょっと朝から腹が立った出来事をここに書き殴ってみる。
さあ、PC購入と設置に行くべかねえ。 May 27 天までとどけ(2) 1945年8月11日正午前。
五月は叔母さんと共に、家のあった辺りをじっと眺めていました。 そこには何もありません、一面焼け野原です。 叔母さんの、五月の小さな手を握ったその手が、強く、硬くぎゅっと握り締められます。 【コレヨリ先私有地ニ着キ立チ入リ禁止】 二人の前には、そんな立て看板に、長く連なる柵と、そこに立ちはだかる大柄の男性がいました。 それは、部落の人間をそこに入れなくするためと、追い出すための柵でした。 叔母さんは何度も男性に対し、家のあった辺りに行きたいと嘆願しますが、聞き入れてもらえませんでした。 五月が叔母さんの家に着いた夜。
「みんながまた楽しく暮らせるようにお祈りしましょうねえ」と、叔母さんと共に五月はお祈りしました。 その翌日、その祈りは届く事無く、長崎の空は赤く染まりました。 1945年8月9日午前10時58分、それは投下され、一瞬にして数万の命を奪います。 現在、この時の原子爆弾により、その年の終わりまでに長崎では7万人の人命が失われたと推定されています。 叔母と五月は、翌10日には家へ向かおうとしますが、長崎へ向かう列車も動いていません。
どんな状況なのかも把握出来ませんでした。 そのため出立を遅らせ、とにかく出来るだけの荷物を準備し、荷車に乗せてやっとの思いでここまで辿り着いたのです。 こんなことになっているなんて、夢にも思わずに…… 「さっちゃん、お姉ちゃん働いてた工場の方行ってみよ、みんな、そこんおいやるかも知れんで、救護所もその辺りにある言うでな」 叔母さんは力無くそう言うと、五月を連れてゆっくりと荷車へと歩を進め始めます。 「おばさん、ないで入っちゃいけんと?ないでね?」 五月が目に涙をいっぱいに溜めて叔母さんに尋ねます。 「じいちゃんは?ばあちゃんは?」叔母さんにひきずられる格好となった五月が、それでも尋ねます。 「工場ば、か、さん、と、さ、ん、ね、ちゃんもおいやっと?」尋ねる五月にも、それをただただ聞く事しか出来ない叔母さんにも、おおよその見当は付いていたのですが、それは想像するだけで怖くて、口に出す事は出来ませんでした。 「ちぃ、に、もおい、やっと?」最後の方は、声になりません。 サポートサポートらんらんらん♪今日はこれからPCがネットに繋がらんくなったぁ~と泣いてきた(嘘)従姉妹ん家行って修理(?)してきやす。
明日は、前に書いた記事にあった別会社の社長を伴って日本橋までPC購入、設置サポートへ。
まあ、お金貸してって言ってきた子とは関係無い手助けなんで、それはそれでいっか、と思ったんですがね。
会社でその話ししたらば
社長「断りやぁ、その都度サポートに行かなアカンことなってまうでぇ」
事務「ほんまやな、その内そこの会社に机用意されてたりしてなw」
社長「ホンマやな、そらアカンわ、そこの社長にリコー紹介したろかって言うとき」
とか言われてしまった…僕かて、そこまで馬鹿じゃないっすよ?
あとはねぇ、去年退職された方がインターネット始めるとかで、無線LANというのの接続やってもらえれへんかな?
と、いうことで、そっちは来週の日曜に行くことになってやす。
いやぁ、ボランティアって楽しいよーw
自分の時間が無え。
ま、嫌な事から目を逸らすのには、忙しく動き回ってる方がいいので、これはこれで自分の時間の有効利用でしょ、うん、いいんだいいんだ。
てことで、まずは本日のお仕事(?)へGO! 天までとどけ(1) この物語は、被差別部落に生まれ、1945年夏、長崎で被爆された方のお話を元に、フィクションを交えて構成しています。
なお、主人公のモデルとさせて頂いた方は、1996年現在も大阪に在住、被爆の苦しみに立ち向かわれておられます。 願わくば、このような悲劇が三度起こらぬことを…。 今年小学校に上がった五月(さつき)は、田辺家の4人兄弟の末っ子。 長男の貴良(たかよし)は、学徒動員で出征し、今、田辺家には祖父母と、父、母、工場で働く姉、それに五月と5つ歳の離れた小さいお兄ちゃん、「ちいにい」の良太がいます。 その日、田辺家は早朝からあわただしく、五月の疎開の準備に追われていました。 「五月、なんしよっとね、はよせんば叔母さん待っちゆうに」母が、五月に持たせるための荷物の準備をしながら、まだ服も着ていない五月に言います。 「わいや、そいを五月ん持たせっとや?」母のそれを見て、父が呆れ顔で言います。 「はっはっは、そがん荷物ぎょうさんやと、さっちゃんも大変じゃの」 「ほんに、そいを背負って、さっちゃんあるくっどね?あるけっかねぇ?」祖父母が言います。 「ばってん、これからどげんこつなるか解らんに、五月には持たせれるだけ持たせてやりたいんね」母が悲しげに、それでも鞄に物を詰め込みながら言います。 みんな、それは良く理解していました。 太平洋戦争が激化し、本土でも数多くの空襲が連日のように繰り返され、広島には新型の爆弾が投下されたという噂も聞きます。 五月はこの日、長崎の郊外に住む父の妹の家に疎開する事になっていました。 「こげんぎょうさん芋ば持って、五月はよかな、おいにも分けてくいやいな」良太が五月に用意されたお弁当の包みをいとおしげに両手で持ち上げて言います。 「だーめーえー」五月が、その良太の両手に飛びつきます、ですが五月には届きません。 「良太!」そういう時、必ず父の拳骨が飛びました。 「ったがぁーっ!」良太が打たれた頭をかかえます。 「こいは五月んじゃ、わいは明後日には学童疎開じゃけ、そん時持たせてくっど、我慢しいやい」そう言って、良太から弁当包みを取り上げると、五月に持たせます。 「ちぇーっ」 「良太」姉が不服顔の良太を呼びます。 「私はもう工場行かんといけんけ、こいを食いやい」 「え、姉ちゃん良がか?後で返せ言うても知らんど?」良太は言うが早いか、芋にむさぼりつきます。 「五月、姉ちゃん見送りに行けんけ、ここでお別れやけど、元気でおるんよ、暫くの我慢よ、またみぃんなで、この家で暮らすんよ」 「姉ちゃん…」五月が、今にも泣き出しそうになるのを見ると、それを振り切るように、姉が家を出ました。 「じゃあ、行ってきます」 「行ってらっしゃい」母がそれを見送ります。 「五月もはよ準備せんね、叔母さんももう駅に着く頃じゃけ」 それが、五月にとって、田辺家での最後の幸福なひと時になります。 1945年8月8日のことでした。 May 25 色々な色色はどうやって識別しているのでしょう?
それは、波長の違う光が、物にぶつかり、それが屈折する事によって人の視覚に入り、色として認知されます。
光は赤、青、緑で構成されており、その色を光の3原色と呼び、全ての色は、この3つの色で構成されています。
但し、絵の具のそれとは少し違います。
絵の具の世界では、赤、青、黄色の3色が3原色。
そこに白、黒が入らないと全ての色は出来ません。
逆に言えば、この5色さえあれば、24色絵の具だの、50色絵の具だの必要無いってことになるかな。
あ、キラキラしたのは無理だw
さて、貴方はふとこんな疑問を持ったことはありませんか?
自分の今感じている色は、本当にその色なんだろうか?と。
僕はあるんです。
自分の感じている「赤」は、もしかしたら他人には「青」かも知れない…と。
色盲とは違う意味でね。
我々は、生まれながらに色を認識している訳ではありません。
生後何週間かは光(明るい暗い)しか認識出来ていません。
個の成長につれ、視力も同時に成長して行くのです。
と、同時に「これは何色?」ということを周囲から学んでいく事になりますね。
その時、自分が見ている色が、周りのそれとは違う色で認識しているかも知れない訳です。
ですが、それは周りには解りません、それが赤だと言われれば、それは赤だと学習する事になるでしょうね、そうすると、例えば本質的には青い色を認識していたとしても、それは赤だと学習する訳です。
勘違いではなく、普通に「赤」という色を学びます。
将来、それは間違いだと諭される事もありません、だって、周りが認識している色は間違いなく「赤」なんですから。
さて、貴方の感じている「赤」は、本当に「赤」なんでしょうか?
専門学校で、色彩表現演習という授業を受けていた際に、ふと感じた疑問。 天までとどけ(vol0.1) この物語は、被差別部落に生まれ、1945年夏、長崎で被爆された方のお話を元に、フィクションを交えて構成しています。
なお、主人公のモデルとさせて頂いた方は、1991年現在も大阪に在住、被爆の苦しみに立ち向かわれておられます。 願わくば、このような悲劇が三度起こらぬことを…。 今年小学校に上がった五月(さつき)は、田辺家の4人兄弟の末っ子。 長男の貴良(たかよし)は、学徒動員で出征し、今、田辺家には祖父母と、父、母、工場で働く姉、それに五月と5つ歳の離れた小さいお兄ちゃん、「ちいにい」の良太がいます。 ……ごめんなさい。
中途半端ですが、本日はここまで。
これは、高校の頃、中学で学んだ事柄を元に、文芸部で書いた絵本を書き直してみよう、と書き始めたのですが、原作が手元に無いので記憶の断片を探りながら書いてみたのですが、長崎弁が思い出せない…
じゃあ、次の機会にしろよ。
とか言われそうですが、折角だし、ネタに困った時や、続きを書きたくなった時に、ちょっとづつ進めて行ってみようかな、と方針を変更しました。
何時ものように一気に書きなぐるのは止め。
だから、今回はvol0.1です。
もしかしたら書き終わった時、昔書いたものとは全然違う内容になってるかも…それは、無いか、実話を元にしている限りはほぼ忠実に再構成して行きたいと思います。
いやぁ、すみません。
ま、個人ブログだし、このスペース自由に使っちゃいます。 May 24 今日も行く行くお馬鹿ちゃん?今日は仕事を終えてから、1月に辞めてった方からの呼び出しを受けて、その人の現在勤めておられる会社へ出向してみる事になる。
理由は、会社のPCでCDが焼けない。
どうしたらいいのか?というもの。
ま、それぐらいなら簡単に済むかな、とか考えてたんですがね…
社長や他の人からは、止めといた方がええでぇ、あいつに関わるとロクな事あれへんでぇ。
とか言われてますが…嫌われ者とかいじめられっことかに対して何故か可哀想になってしまう体質で…普通に友人なら、しんどいから嫌!とか言えるんだけど、そんな人に対しては、そういう事が言えないんだよねぇ、残念ながら。
まあ、行ってみる。
…わぁ、HewlettPackardのPCさんだぁ、SHARPの液晶使ってるー。別売り?
煙草のヤニで黄色いよー。
煙草はさぁ、吸ってる人よりも、周りに対する被害のが大きいんだぞー。
PCにだって例外じゃないんだぞー。
ま、どうでもええけどねー。
あ、OSはXPなのねー。
「……ぉぃ……」
「ん?」
「ドライブのプロパティ開いたら、COMPAQ CD-ROM LT4821…て書いてんねんけどさ」
「うん」
「これ、Rじゃねえじゃん…多分×48CDROMドライブだと思われ…」
「え?」
「CD焼ける訳ねえ」
「そうなん?」
「そうなん」
「どないかして焼かれへんの?」
「ドライブを載せ代えれば可能」
スペックに問題は無い。
要は、ドライブにその機能が無いだけと判明。
「近くにTwoTopて店あるから、5~6千円程度で十分な性能の物があるから」
「じゃあ載せ代えてくれへん?」
「いや、個人に対する事ならやったってもかめへんけど、その勤め先のPCいじって、もしデータ飛ばしたりしたら嫌やから、それは嫌」
過去、そんなヘマやらかしたこた無いし、実際には個人経営の写真屋さんや、土木屋さんのPCを作ったり改造した事はあるんだけどね、それは友人としての手助けであって、知らない、はっきり言ってしまえば無関係な会社のPCのサポートなんてしたくない。
ていうのが本音ですが…
てことで、今回の手助けはそこで終了。
もしかしたら、また呼び出されるかも知れませんが…
しかし、行くんじゃなかった。
こんなん、症状聞いて作業手順をTELで話してれば解決(理由判明)したはずじゃん。
僕ってばお馬鹿ちゃぁあん。 May 23 ダ・ヴィンチコードまあ、まあ、観れる作品かな。
…前評判程には…ちょっと…期待し過ぎると駄目です…
映像の魅せ方は良かった。
アナグラムやマークの処理、CGを使用した過去と現在の合成。
これらが綺麗に違和感無く融合されていましたね。
ただ、一緒に行った4名の反応は…
3名が内容がいまいち解り難かった…
1名が内容は理解出来たが、で、結局どうなったん?
…それは、理解出来たっていうんかいな?ま、ええけど…
この作品、ちょっと西洋と宗教の歴史を知っておかないと難しい内容になっているかな、と感じました。
正直、日本人向けではありませんね。
要は、明治維新~昭和初期の頃に、天皇の血脈には朝鮮王朝のそれが流れているのだと暴露しようとした団体がいて、その事を許さず、それを抑圧し、沈黙させようとする強力な勢力との駆け引きだと思いなせえ。
そんな感じ。
今なら誰でも知っている事実ですが、それが神格化された当時では考えられない発言になったに違いありませんから。
ま、歴史家はちゃんと解っていたんでしょうけどね。
スサノ(朝鮮の)オノ(男の)ミコト(王子)等、神話にもちょくちょく出てきますからね。
と、話しを戻そう。
つまり、神の子であるキリストは、生涯独身で、子をもうけなかった。
という事が、この作品では覆される事になってる訳だ。
あくまでフィクションでね。
それに怒ったカソリックは、ソニーの不買運動なるものをおっぱじめるとか何とか、こないだ新聞に出てたけど、どうなったんやろ?
そんな事するんやったら、原作が出た段階で何かアクションを起こせよ。
と思ったけど、これって日本バッシングの一環ですかね?
表現の自由を認めておくんなせえ、宗教家のみなさん。
まあ、興味を持たれたなら、一度は観てみるといいかも知れません。
ほー、なるほどー、そういう考えも出来るんかー。
と感心出来る作品です。
ただ、感動とか、すっきりしたぁ、とかいう感情は無かったです。 May 22 ありがとう…音楽変更です。
やっぱ一番好きな曲を暫く変更せずに流してみる。
で、聞けないって人のために歌詞を書いてみよう。
…単にネタが無いってだけ…
ありがとう…
KOKIA
誰もが気付かぬうちに 何かを失っている
ふと気付けば あなたはいない 思い出だけを残して
忙しい時の中言葉を失った 人形たちのように
街角に溢れた 野良猫のように 声にならない叫びが聞こえてくる
もしももう一度 あなたに会えるなら たった一言伝えたい
ありがとう… ありがとう…
時には傷つけあっても あなたを感じていたい
思い出は せめてもの慰め いつまでもあなたはここに居る
もしももう一度 あなたに会えるなら たった一言伝えたい
ありがとう… ありがとう…
もしももう一度 あなたに会えるなら たった一言伝えたい
もしももう一度 あなたに会えるなら たった一言伝えたい
ありがとう… ありがとう…
時には傷つけあっても あなたを感じてたい
この曲は、2年前父が亡くなった際に広島の友人からメールに添付し、贈られてきた曲。
もう2年経つんだな…
メールを読み、曲を聴きながら、ぼろぼろ泣いたよ。
まあ、それ以来すっかりKOKIAのファンになって、CD買いあさってますw May 21 クーラー今日、家に新しいエアコンがやってきた。
弟の8畳のであって、自分は全く使用しないけど…
エアコンさん、15年間(以上?)ご苦労様。
これが終わったら来週か再来週辺り自分の部屋のだね。
で、何故同時に変えなかったのか?
実は、弟の同級生に電気屋を経営している子がいまして、その子に前々から替えるときに買うわなぁ、とか弟が言ってたらしいんですよねー。
まあ、それはそれでいいや、人との繋がりは大切にせなアカンわな、てことになったのですが、実は、僕自身も設備屋をやってる友人がいるんですよね、で、安く売ってなぁ、とか話しを進めていた矢先の事だったので、とりあえず、両方から1台づつ購入する事になった訳です。
しかし、こんなに差があるものだとは…
それは価格の違い。
友人から「他に漏らさんといてな、バラされたら、うちとこヤバくなるから」
と口止めされましたので、詳細は言えませんが、弟の購入した物と倍以上の価格差があります。
かなり安くして…ぶっちゃけ卸値+設置費用で売ってくれてます。
弟、なぁむぅw
しっかりPC組んだり、そのサポートしてお返ししますからねー。
と心に誓う今日この頃でしたとさ。 車いぢり。Fomaで使えるナビとの接続キット(Bluetoothでワイヤレス接続)が出ていたので、注文していたんですけど、届いたですよ。
で、中身を見てみると、充電方式なのはいいが、逐電能力が低い低い、ほぼ充電ユニットに接続したまんま使用せなあかんがな…
でもって、シガーから電気を供給していただく方式なのね、それはまあ当然か、しかし、コードが車内を這いまわっているのは嫌いな性分な僕は考えた。
アクセサリのヒューズから電気を引っ張ってシガーを増設、それをコードが極力見えないようにダッシュボードの中を通せばいいんじゃんね、と。
で、バックスでヒューズ→シガーに変換するそれを購入し、いざ!
あれ?ヒューズボックス沢山あるねえ…取扱説明書に目を通すのがあまり好きで無い僕ですが、仕方ないので見てみることに…アクセサリのヒューズはいずこ?と。
あったあった…って、それは、どないせっちゅうねんっ!?な場所にありました。
下手すると、ハイブリッドシステム壊しちゃいますよ。
他に使えそうな物無いかねえ?
と説明書に再度目を通す。
あ!これなら使えそう!
それは、バックミラーの曇り止めヒーターのヒューズ。
家の車、寒冷地仕様にしていたからソレがあったけど、普通無いよ?このヒューズ。
トヨタよ、ちょっと考えてヒューズボックス設置しておくれ。
個人でヒューズの交換すら出来ない車ってどうなのさ?
とか、あと、フロントパネルをひっぺがしてコードを通して、作業を完了し、エンジンをスタートしてみると、ハイブリッドシステム異常警告灯が点灯していたりしてドキッとしましたが、問い合わせたところ、フロントパネルを取り外すと、店に来ていただいてリセットをかけなければいけません、走行に問題は無いのですが…とのこと。
どないやねぇんっ!
ハイブリッドカーは下手にいぢっちゃやあよ。
という仕様になっているようです、注意しましょう。
てか、もっとスマートな作りにしろーっ!と叫びたくなった今日の作業でした。 May 19 米軍にはびた一文出さない法案ま、先週も同じ番組からネタ頂きましたね。
太田光氏の(?)番組ですよ。
3兆円とかその他諸々の米軍諸費用を一切払うもんかっ!ていう法案。
やっぱり僕は賛成ですね。
世界の脅威は米軍の存在なんだよ、解ってんのかねブッシュ?
米軍が世界展開するから、それを脅威と見なした国々(人々)が軍備の増強を図ったり、テロを起こしたりするんだよ。
違うかね?
大体が、自分の正義こそが全人類の正義だと思ってる辺り、勘違いも甚だしい。
それぞれの考えがあり、それぞれの正義がある。
それを認め合い、どこか妥協点を模索しつつ世界の秩序のためには何を成せば良いのか?を考え話し合うべき場所は国際連合でしょ、米軍じゃないよ。
米軍はね、膨れ上がりすぎたんだよ。
でね、国家予算だけじゃあ養って行くのが大変になっちゃったんだぁ。
だからさ、だからさ、あんたんとこ守ってあげるから、その費用ちょうだいよー。
てのがアメリカの本音。
けどね、実際には日本の自衛隊は、その脅威と言っている北さんより遥かに多くの軍備を持って、その練度も世界有数なんですよ、知ってました?
中さんも脅威のひとつだとか言ってましたっけ?けどね、中さんは歴史上侵略されたことはあっても、自ら侵略したことなんて一度も無いんですよ、知ってました?
ちなみに、元さんは中さんとは違いますからね、揚げ足は取らないでね?元さんモンゴロイドやから。
日本人もモンゴロイドね、基本的には蒙古はんあるしぃ、中さんとはちと違う闘争心を持ち合わせていますわなw
大体中さんがこんな国襲っても何の得も無いしね。
あとね、はっきり言っていらないよ米軍っていうのがね、いたからって何が出来るってもんじゃないんですよっていう点。
例えば、テポドンが飛来して来たとしましょうよ。
米軍はいち早く察知するでしょうね。
しかし、次に行う行動は、報復攻撃の準備です。
迎撃じゃあありません。
だって、出来ないもん、迎撃。
大陸間弾道弾なら、大気圏外で打ち落とす手段も無くは無い。
地対空ミサイルは基本は航空機迎撃用。
イージス艦だって何も出来ないよ。
一応、地対空戦車は有効なのかな?
これは現在、ドイツと日本でしか作られていませんが、それも基本は航空機迎撃用。
その能力も未知数。
そもそも実際に近中距離ミサイルを打ち落とした事なんて無いんだから。
確実にどこかの都市に落ちるだろうね、何発も同時に発射されれば、壊滅するかもね。
そうならないのは、米軍が駐在しているがための抑止力が働いているから?
別に、死ぬ気になれば始めるんじゃないの?
本当にいいの?
米軍に支配され続ける独立国家で?
スイスは、列強の中央に位置しつつ、永世中立国だよね?
誰咎めるところ、無いよね?
日本という国には誇りは無いのかね?
どうなんだろ よく解らん…このブログを開いた際に音楽が流れるように設定しています…一応。
これが何故だか何度設定し直しても、何度かは流れるのに、次の日には流れなくなっています。
多分聞けている方はおられないかと…
Yahoo!のブリーフケースをお借りして、そこに音楽を置いておいて、アクセスする方法を取っていますが、これが問題なのかも…と考え、自分の契約しているプロバイダが用意しているHP容量を利用してみようかと、さっきまで頑張ってはみたのです…が。
今まで自分でテキストにHTMLを打ってせっせと作っていた人間にとって、簡単HP作成ツールなるものが存在するのは、ありがたいのやら、邪魔なのやら、、、
HPを作成するのは容易でしたが、やりたいことが出来ない。
足枷が厳しい。
しかも、このツールを使わない事には、そこでHPのアップロードすら出来ない始末。
どないなってんのやーっ!?
とか嘆くのは、とりあえず止めまして、折角だから、写真館本体はそっちに移す事にしました。
ちょっとづつちょっとづつね。
ここの容量の20Mってちょっと少ないしね、いつか容量不足になってあたふたするよりも、今の内に何とか退避場所の確保が出来たってことで、今回のはこれで良しとしとこ。 |
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